どうもマツローです。

2018年4月、今季から中日ドラゴンズへ入団した松坂大輔選手が、日本球界としては12年ぶりとなる勝利を上げました。

しかしその一方で2018年は、かつて甲子園を沸かせた松坂大輔選手と同世代の、通称「松坂世代」の引退が相次ぐ年となりました。

松坂世代には、日ハムに笑顔を届けてくれた森本稀哲選手・阪神の守護神として活躍した久保田智之選手・最速155kmのストレートを武器にセ・パ両リーグを渡り歩いた新垣渚選手など、かつてNPBには94名もの選手が在籍していました。
そんな松坂世代も38歳。不惑といわれる40歳を前にプロ野球選手として引退を決断し、転機を迎えた選手をご紹介します。

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杉内俊哉選手

杉内俊哉選手は鹿児島実業高校から三菱重工長崎を経て、当時のダイエーホークス(現ソフトバンクホークス)に、2001年ドラフト3位で入団します。投手としては小柄でしたが、平均140km前後ながらも打者の手元で伸びるストレート、ストレートと同じ軌道で打者に向かうキレあるスライダーと、ストレートと同じフォームで投げるチェンジアップを武器に、2005年にはMVP及び沢村賞を獲得、2018年時点で松坂世代最多の142勝をあげるなど、近年では最強サウスポー投手として活躍してきました。元来負けず嫌いの杉内選手は常に同世代の選手に対抗意識を燃やし、「あいつには負けない」と自分を鼓舞してきました。そんな杉内選手も近年は右股関節や左肩に重い故障を抱え、3年間一軍登板はないまま2018年9月ついに引退を決意。しかし激しい闘争心を秘めたマウンドでの佇まいと、類稀なる努力で練り上げられた投球術は、いつまでも忘れることなくファンの胸に残り続けることでしょう。

村田修一選手

村田修一選手は東福岡高校から日本大学を経て、2002年ドラフト自由獲得枠で当時の横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)に入団。大学入学時に「投手では松坂に勝てない」と野手へ転向し、広角に打てる技術を武器にホームランを量産します。2度の本塁打王に輝き、見た目に似合わず軽快なフットワークとグラブさばき・強肩を活かした送球で3度のゴールデングラブ賞を獲得。2012年にFA権を行使し巨人へ移籍します。しかし、2017年はチーム事情から代打としての出番が増え、チームの若返りを図るために同年10月に戦力外通告。2018年は再出発の地に選んだBCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスに所属しますが、2度の故障に泣かされ、ついにNPB復帰は叶いませんでした。そんな村田選手の引退試合には、元同僚の選手や松坂世代同期の選手たちからの花が並び、多くのファンが駆け付けました。

後藤武敏選手

松坂世代と呼ばれる中、松坂選手との対戦を一番望んでいた選手が、横浜高校でチームメイトであった後藤武敏選手ではないでしょうか。横浜高校から法政大学を経て2002年自由獲得枠で西武へ入団。西武では松坂選手と同僚だったため対戦はなく、その後松坂選手はMLBへ。後藤選手は横浜へ移籍となりました。横浜移籍後は勝負強さを活かし代打の切り札として活躍。近年は代打としての登場も少なくなってきた中、松坂選手の中日への移籍が再び後藤選手を奮い立たせます。「松坂と対戦したい」。その一心で二軍でも腐らず、バットを振り続けたそうです。そして後藤選手は引退を決意。引退試合となった2018年9月本拠地最終戦・中日戦のマウンドに松坂選手の姿はなく、20年間夢に見た対戦が叶うことはありませんでした。しかしこの日、選手登録を外れていたはずの松坂選手はチームに帯同し、引退セレモニーでは共に泣きじゃくりながら花束を贈呈。同じく横浜高校でチームメイトの現横浜・小池正晃コーチに見守られながらの引退は、横浜高校の強い絆を感じさせる光景でした。

その他の“松坂世代”選手たち

上記3選手以外にも、勝負強い打撃を魅せてくれた矢野謙次選手・堅実な守備と足で中日外野陣の支えとなった工藤隆人選手・パニック障害を抱えながらファンに勇気を与えてくれた小谷野栄一選手が引退を発表しています。

しかし松坂選手をはじめ、藤川球児選手・實松一成選手・久保裕也選手・館山昌平選手・永川勝浩選手・和田毅選手・渡辺直人選手の他、久保康友選手はアメリカ独立リーグで、梵英心選手はコーチ兼任ではありますが社会人チームで現役を続けています。

そんな中、2018年9月13日、思い出の地・甲子園でバースデー勝利をあげた松坂選手は、ヒーローインタビューで去りゆく同世代選手たちに「今日は彼らの分の気持ちもこめて投げた」、「“僕はもう少し頑張るよ”という決意表明の日にしたいと思っていた」と語りました。

去る者は残る者のエールに力をもらい新たな道へ進み、残る者は去る者の想いを背負い、これからも戦い続けます。

互いを意識し、高めあえたからこそ、松坂世代は今もなお日本プロ球界における“最強世代”と称されたのかもしれません。

そこには引退を決断した選手たち、それぞれの輝かしい戦いの記録がありました。

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